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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5882号 判決

原告

サンドビッケンズ・ジェルンベルクス・アクチボラグ

右代表者

ジョン・オロフ・エドストレーム

右訴訟代理人

久保田穣

外二名

被告

アイコー株式会社

右代表者

高島愈

右訴訟代理人

田平宏

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

一  原告

1  被告は、別紙目録記載の鋳型用押湯枠の押湯保温材を製造し、販売してはならない。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同趣旨の判決を求める。

第二  原告の請求の原因

一  原告の特許権

原告は、肩書地に所在するスウェーデン国法人であつて、次の特許権を有する。

発明の名称 インゴット鋳型用押湯枠

出願 昭和三六年一月二三日(特許出願昭和三六―一六一二号)

優先権主張 一九六〇年(昭和三五年)一〇月四日、同月二六日いずれもスウェーデン国出願

公告 昭和三九年一二月三日(特許出願公告昭和三九―二七、七五四号)

登録 昭和四一年三月二四日、第四六九、三〇四号

特許請求の範囲の記載

「石英、砂、耐火性硅酸塩、かんらん石、マググネサイト、煆焼ドロマイト及び焼滓よりなる群から選ばれる0.3ミリメートル以下の平均粒度をもつ微粒子状の耐火性物質の八五〜九一(重量)%と、セルローズ、廃物紙及び同種のセルローズ繊維材料よりなる群から選ばれる有機繊維質物質の四〜八(重量)%と、樹脂質結合剤及び動物又は植物性グルーよりなる群から選ばれる有機結合剤の一〜七(重量)%、特に二〜六(重量)%と、アスベスト、岩綿及び同種の無機繊維よりなる群から選ばれる耐火性繊維質物質の二(重量)%以下、特に0.4〜1.4(重量)%とを含む別個の内鋳型即ち裏装を有することを特徴とする。鋼又は他の金属の鋳造用インゴット鋳型又は同様な鋳型のための押湯枠」〈後略〉

理由

一、二〈略〉

三原告は、本件特許発明は、耐火性繊維質物質を含んでも含まなくてもよい権利である旨主張するので、この点について検討する。

まず、本件特許発明が、その明細書の特許請求の範囲に、「アスベスト、岩綿及び同種の無機繊維よりなる群から選ばれる耐火性維質物質の二(重量)%以下、特に0.4〜1.4(重量)%とを含む……」と記載されていることは、前記のとおり当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証(本件特許発明の特許公報)の「発明の詳細な説明」の欄に、「良好な熱絶縁性及び良好な貯蔵及び形状耐久性をもつ他に、鋳造した鋼又は金属に包蔵物、かみだし又はがまはだ等をもたらすことなく均一で平滑な表面を与えるような押湯枠を低い材料費及び加工費で製造することが長い間要求されて来た。従来製造された押湯枠は前記の点の一つ又はそれ以上の点で余り満足すべきものでなかつた。本発明によると、前記の要件を満すと共に且他の点でも優秀な性質をもつ押湯枠を低コストで製造することが可能になつた。」と記載され、本件特許発明が解決しようとした課題ないし内容が明らかにされていること、そして、本件特許発明の耐火性繊維質物質について、「一般的に、……また少量の但し二%以下のアスベスト、岩綿又は同様な耐火性物質を添加することが適当であると認められた。これらは内方鋳型の強度及び合着性の増加について寄与するものである。」、「本発明に於いて、内方鋳型又は裏装を構成する組成物中の各成分が……と、アスベストの如き耐火性繊維物質の二(重量)%まで、成るべく0.4%〜1.4%とから成るように限定するものであるが、その理由は、本発明の押湯枠の内方鋳型を徹底的に試験した上の経験及び多数の研究結果より、本発明の如く限定した量で各成分を用いないと前述の優秀且有利な諸性質が得られないことを実際に認めたからである。」、「本発明で限定された量で用いられた有機繊維質物質及び有機結合剤は一緒に(また或る程度は耐火性繊維質物質の作用とも相俟つて)なつて押湯枠の構成材料を結合すると共に該材料に或る程度の多孔性を与えるもの」、「アスベストの如き耐火性繊維物質の二(重量)%まで、成るべく0.4〜1.4%は内方鋳型の強度及び結合性を追加的に増加させるために添加されるものである。」と記載されていることが認められる。これによれば、本件特許発明において、耐火性繊維質物質は、内方鋳型の強度および合着性ないし結合性を、同物質を用いない場合より、一層追加的に増加させるために添加されるものであり、他の構成材料である有機繊維質物質および有機結合剤の作用効果がこの耐火性繊維質物質の作用と相俟つて増進されるべきものであることが明らかである。これに、特許法第三六条第二項四号、第五項によれば、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されることになつていることからすれば、本件特許発明の耐火性繊維質物質は、二(重量)%以下、下限として0.4(重量)%を含み、少なくとも内方鋳型の強度および合着性ないし結合性を増加させうる限度で、含まれることを要件としているものと解するのが相当であり、したがつて、本件特許権が耐火性繊維質物質を用いない場合までをも権利範囲に含むものとすることはできないといわなければならない。なお、前掲甲第二号証中には、本件特許発明の適当な組成物調製の一例の説明として、「また場合によつてアスベスト又は同類物の0.5〜1.5%とから調製される。」「精々二%のアスベスト又は同類物……」との記載があるが、実施例として、アスベスト等を用いる場合の重量%数値の目途を示したものと解され、右の判断を左右するに足りない。いずれにしても原告の主張は、とうてい採用できない。

このことは、原告の本件特許出願の審査経過にあらわれた出願人の意図ないし認識からしても、これを肯認することができる。すなわち、本件特許発明の特許出願は、最初押湯(枠)という物の発明として出願されたもので、審査手続の途中で、押湯枠の製造方法のクレームが加えられたことがあるけれども、最終的には物の発明として特許されたものであつて、昭和三七年九月一七日付拒絶理由通知書で引用された特許出願公告昭和三三年第九九五七号公報に関して、出願人は、昭和三八年一月二五日付意見書で、「特許請求の範囲の第一、第二項に記載される如き特定の組成を有する構成材料を押湯の裏装に使用するものであり、その構成成分としては四〜八%の有機繊維質物質例えばセルローズ、紙等と0.4〜1.4%の耐火性繊維物質例えばアスベストとを含むことを要件としている。本発明による押湯裏装の優秀な性質を得るためには、セルローズ、紙の如き有機繊維質物質が存在することは絶対的に必要であり、またアスベストの如き耐火性繊維物質の或る量も存在しなければならない。また、本願発明に於いては、各構成成分は特定の割合範囲になければならない」旨主張して「特許庁引例の公報は、その熱絶縁性物質の成分として有機繊維質物質例えばセルローズ又は紙の使用並びにアスベストの如き耐火性繊維物質の使用を記載していないのみならず、また本願発明に於ける如き特定の組成の構成材料の使用も記載されていないのであるから、拒絶は理由がない。」旨主張し、次いで、昭和三八年一月二五日付手続補正書(二頁一五行目以下)で、従来の「発明の詳細な説明」の「また場合によつてアスベストの如き耐火性繊維質物質の二重量%まで……」との記載(昭和三七年五月一一日付手続補正書二頁四行目)のうち、「また場合によつて」の部分を削除し、昭和三八年九月七日付拒絶理由通知書に対する出願人の昭和三九年一月一三日付意見書においても、特許庁引例の明細書と本件特許発明との差異につき、「(3)本願発明に於いては、特許請求の範囲に記載される如き特定の組成を有する構成材料を押湯裏装に使用するものであり、その構成成分としては四〜八%の有機繊維質物質例えばセルローズ、紙等と0.4〜1.4%の耐火性繊維物質例えばアスベストとを含むことを要件としている。本発明による押湯裏装の優秀な性質を得るためには、セルローズ、紙の如き有機繊維質物質が存在することは絶対的に必要であり、またアスベストの如き耐火性繊維物質の或る最も存在しなければならない。また、本発明に於いては、各構成成分は特定の割合範囲になければならず、……」「(4)……然るに、引例は、その一成分として鋸屑のような有機繊維質物質の使用を示すが、これは燃料として多量に存在し、燃焼に当つては、本願発明と違つて多量のガスを発生するものである。更に、引例はアスベストの如き耐火性繊維質物質の使用を記載していないのみならず……」と主張して、耐火性繊維物質をその構成成分とすることを明言し、更に、昭和三九年七月二二日付意見書に代え手続補正書において、出願人の従前の主張を前提として、これを総合的に理由づけるために、昭和三八年八月六日付差出の全文訂正明細書の一二頁一三行から一三頁四行までの「……した理由は、得られた押湯で良好な成果を得るためにこのように限定した量で各成分を用いることが必要であることを実際に認めたからである。本発明の押湯は、良好な熱絶縁を行なう微粒子状の耐火性物質の主要量と、この耐火性成分の粒子を結合させる有機繊維質物質及び有機結合剤の少量とから成るものであり、この有機繊維質物質及び結合剤の量が少なすぎるならば、押湯の結合性及び強度が悪くなり、またこれら成分が多すぎるならば、押湯を加熱する際に望ましくないガスの発生が押湯から生ずる。従つて、これら成分の量は前記の如く限定されたものである。」とあつたのを「……するものであるが、その理由は本発明の押湯枠の内方鋳型を徹底的に試験した上の経験及び多数の研究結果より、本発明の如く限定した量で各成分を用いないと前述の優秀且つ有利な諸性質が得られないことを実際に認めたからである。微粒子状の耐火性物質は内方鋳型を構成する主要成分であり、必要な材料強度と良好な熱絶縁性を与える上に八五〜九一%の量で存在することを必要とする。また、この耐火性物質の微粒子を結合させる有機繊維質物質又は有機結合剤若しくはこれら両者の含量が本発明で限定した量よりも過大又は過少であるならば前記の優秀且つ有利な諸性質が得られない。本発明で限定された量で用いられる有機繊維質物質及び有機結合剤は一緒に(また或る程度は耐火性繊維質物質の作用とも相俟つて)なつて押湯枠の構成材料を結合すると共に該材料に或程度の多孔性を与えるものであり、従つて著るしい熱絶縁性、極めて低い熱容量並びに高い強度をもたらす。これによつて、得られた押湯内方鋳型は取扱いが容易で而かも極めて高いインゴット収率(即ち鋳管及び偏析に基因して廃棄しなければならないインゴットの頭部材料の量が極めて小さいこと)をもたらすという利点を示す。この点で本発明による押湯枠は従来既知のすべての押湯枠よりも相当に秀れている。更に、本発明の押湯の内方鋳型は前述のように極めて平滑な表面をもつので、これに熔融鋼を注湯して作つたインゴットも同様に平滑な表面を有する。また、本発明の如くに有機繊維質物質及び有機結合剤の各成分の含量を限定することにより、鋼の注湯及び固化中に鋳型から発生するガスの量が実際上ないと言う利点をもたらすものである。」と補正して、はじめて、出願公告決定を経て特許登録されたものであることが認められる。この出願審査手続の経過にあらわれた出願人の意図ないし認識からすれば、本件特許発明は、耐火性繊維質物質を、二重量パーセント以下特に0.4から1.4パーセントまでの範囲で、含む裏装を有する押湯枠について権利を請求したものというべく、耐火性繊維質物質を含まないものまで権利範囲に含むものでないことが明らかである。ほかに、これを別異に解すべき資料はない。

四そうだとすると、被告の製造、販売する裏装がこの耐火性繊維質物質を含まないか、含むとしても微量であつてその重量比が明らかでなく、その分量が前示認定の本件特許発明の要件に該当することの明らかでない本件においては、これをもつて本件特許発明の裏装にあたるものとは、とうていいえない。

なお、原告は、被告の裏装は、本件特許発明の基本的技術思想を利用しているから本件特許発明の技術的範囲に属する旨主張するが、さきに見たように、本件特許発明の押湯枠は、耐火性繊維質物質を前示認定の範囲で含有するものとして特許されたものであるから、この成分を含有しない裏装は、本件特許発明の技術的思想と同一性があるということはできない。したがつて、原告のこの主張も採用できない。

五よつて、原告の本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 野澤明 元木伸)

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